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NPOおばあちゃんの知恵袋の会は我が国に伝わる健康の知恵や暮らしの知恵を、次世代へと伝えていく特定非営利活動法人です。

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著名人が語るおばあちゃんの知恵袋

第6回 村松英子さん

「おばあちゃまの梅干が私の健康を支えています」


特製のすっぱい梅干の味

 都心の閑静な高級住宅街の一角に、村松さんのお宅がある。実に落ち着いたたたず まいなのだが、 「さ、どうぞ」 といわれて、一歩、中に入って驚いた。 廊下に大きな水槽が置かれて、そこで体長20センチくらいのカメが日向ぼっこして いるのだ。書棚にはカメの飼い方について書かれた本もあり、村松家にとって、この カメは家族同然の大切なペットらしい。 驚いたといえば、もうひとつ。庭の梅の木だ。田舎の一軒家ならともかく、東京の 真ん中で、大きな木がドーンと植わっているのだから、ちょっと違和感がある。しか し、村松さんは、しごく当然のように、

村松さん:「あの梅は白梅です。毎年、実がなると、梅干をつけるの」

  この「梅干」こそが、村松さんにとっての最高の健康食品だという。

村松さん: 「私の父方の祖母から、江戸時代から伝わる梅干の作り方を教わったのよ」

 江戸幕府開国以来の幕臣で、代々徳川将軍家の御典医を勤めてきた家柄の村松 家。明治以降も医者の家系が続き、お父さんもおじいさんも医者だったそうだが、その おじいさんに嫁いできたおばあさんは、なかなかユニークな方だったらしい。

村松さん: 「祖母は、虎ノ門女学館(現在の東京女学館)の出身で、同級生に宮様がいたらし いの。で、その宮様がいつも通学する時、人力車で家の前を通るらしくて、『だった ら、私も乗せていって』と宮様に頼んで、一緒に乗せてもらうようになったんで すって。明治のことでしょ、宮様にそんな気安くお願いするなんて畏れ多かった時代 じゃないですか。私、それ聞いて『おばあちゃまって、心臓ね』とつい言ってしまいました」

 村松家の孫がほとんど男の子で、女の子がひとりだけだったのもあって、そのお ばあさんからとても可愛がられた村松さん。子供の頃には、梅干の作り方を伝授され ていた。

村松さん: 「梅の実をとったら、三日三晩陰干しにして、赤ジソと一緒に塩で漬け込むの。塩 の量はけっこう多めね」

 さっそく、そうやって作られた梅干をひとつ食べさせてもらった。非常に酸っぱ い。塩味も強烈だ。ただ、口全体に広がる風味があり、「梅干の原点」といった感 じ。

村松さん: 「でしょ。最近の梅干って、甘味が強かったり、とてもマイルドになってきているけ ど、体にいいのは、こちらの方よ」

 かつて10代の頃に、こんなことがあった。どうも胃がやけるような感じがして、 食欲がない。胃酸過多の薬をもらって飲んでみたら、ますます悪くなっちゃった。と ころが、薬の代わりに梅干を定期的に食べるようにしてみたら、すっかり治ってし まった。どうやら食欲不振の影響は胃酸過多ではなく胃酸過少だったらしく、梅干は、 その崩れたバランスを是正してくれる働きがあるらしい。

村松さん: 「大人になってからも、梅干にはお世話になってるんですよ。タイにロケに行った 時、水も変わって、着くなりお腹をこわしちゃったんです。ところが、プロデュー サーが梅干を持ってきてくれてて、それを食べるなり、すっかり治っちゃった」

 だから、家での食事はもちろん、旅行でも梅干は欠かせない。


お母さんの病気を機に意識した「死」

 おばあさんから伝授された教えは、他にも多い。キナコを食べると体にいい、と いうのもそうだったし、清潔が健康につながる、ということも教えてくれた。

村松さん: 「祖母はよくいってたんです。『埃(ホコリ)じゃ死なないはウソ、埃で死ぬ』って」

 不潔にしているとばい菌が増えて、絶対に健康に悪い、と信じていたとか。それ で、家にはお手伝いさんもいたのに、自分が先頭にたってトイレ掃除もやっていた らしい。

村松さん:「亡くなる時、祖母は私の手を握ってこういったんです。『お前はやさしいコだか ら、きっと来てくれると思うけど、墓参りを忘れないで。でないと化けて出るよ』」

 もちろん村松さんはお墓参りは欠かさず、そのおかげで祖母が化けて出たこ とはまだない。 おばあさんの梅干効果か、大きな病気もせずに現在に至っている村松さんだが、 不安なのは、やや骨粗しょう症のケがあるのと、夕食など、20代の子供二人と一緒に 食べるため、ついつい食べ過ぎになってしまうこと。

村松さん: 「野菜や海草、きのこ類なども使って、栄養士さんにも、バランスがいいですね、 といわれるくらいの食事を作るんですが、どうも子供と一緒だと、張りきっちゃって お皿数が多くなるのね」

 そのため、どうしても胃腸に負担がかかり、ますます梅干は手放せない。 まだまだ若い村松さんだから、とても「死」については意識してないだろうと 思ったら

 村松英子
(むらまつ えいこ)
 慶応大学大学院英文学科終了。大学在学中に文学座に入り、「女の一生」の娘役 で初 舞台。後に三島由紀夫に認められ、『鹿鳴館』『サド侯爵夫人』など、三島作品の ヒロインのほぼすべてを演じる。第一回紀伊国屋演劇賞個人賞受賞。テレビはNHK テレビ小説『あかつき』のヒロインをはじめ出演作品多数。映画、商業演劇でも活躍。 詩集、随筆集、翻訳なども数多く発表し、自然環境や地域文化の保護などの活動も 手がける。

  村松さん: 「とんでもない。ちょうど兄(村松剛)がガンで死んで10年。私も兄が死んだ のと同じ年になったの。死についてはよく考える」

 特に、お母さんが晩年ボケが進んでゆくのとつきあって、より深く「死」を意識 せざるをえなくなったという。

村松さん: 「症状は17年前、私の主人が亡くなった頃から出始めたの。主人のお通夜の時、母 はずっと生きている主人を『どこにいるの?』と探していて」

 それから、かつては気丈で、家裁の調停委員まで勤めたお母さんの人格が、だん だん変わっていった。 ある時、村松さんがお母さんの様子を見てもらうために、福祉関係の仕事をして いる友人を連れてお母さんのもとを訪れた。挨拶をしたり、お茶を出したり、ごく正 常に見える対応をしたお母さんに、その友人も 「症状はあまり進んでないのか?」 と 安心した瞬間、飾ってあるお父さん(つまりお母さんの夫)の写真を不思議そうにな がめたお母さんがポツリと一言、

村松さん: 「この方、どなた?」

 それを聞いた村松さんは、胸を矢で射抜かれたような気持ちだったという。

村松さん: 「そうやって、だんだんに記憶がなくなっていき、最後は兄の顔まで忘れてしまう。 忘れなかったのは私の顔だけ。それでも、昔よく歌ったシューベルトの『野ば ら』はドイツ語で全部歌える・・・」

 結局、最後の2年間はほぼ寝たきりの末に逝ったお母さん。

村松さん
: 「哀しかった。人格が違ってしまって生きている哀しさですね。できれば私はそう はなりたくない。トンコロリと逝きたい」

 率直に語ってくれた村松さんだった。
   (第6回 村松英子さん インタビュー  終わり)








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